立ち退きに正当事由があると認められるための要素

代表弁護士 佐々木 一夫 (ささき かずお)

入居者には安全かつ快適に暮らして欲しいと願うのが大家の本心ですが、建物の老朽化耐震構造問題等によって取り壊しや建て直しが必要になり、入居者に立ち退き依頼を行わなくてはならないことがあります。

ここでは、退去要請に従ってもらうために不可欠な、立ち退きの正当事由が認められるための要素についてご説明します。

立ち退きは大家側の正当事由が入居者の不都合を上回っている場合に認められる

建物の取り壊しや建て直し等、大家側に切実な理由があったとしても、入居者が立ち退きによって被る不都合を上回らなければ正当事由として認められません
入居者がきちんと家賃を納め債務履行している限り、大家の一方的な要請によって立ち退きをさせることはできず、あくまでも双方の話し合いで合意に至ることが求められるのです。

法律では、立ち退き要請することもやむなしと判断されれば、裁判で立ち退きを決定させることができますが、最高裁では「大家側の都合だけでなく、入居者側の都合も十分に考慮する必要があり、いずれの立場でもその物件の利用をどれだけ必要としているかが重要である。」との認識に基づいた正当事由の解釈が述べられています。

ただし、十分な立ち退き料を提供することで、入居者側の不都合は軽減される見込みとなることから、立ち退き料は正当事由を支える十分な事情となる、ともされています。

正当事由であることをより理解してもらうための策

入居者にとっては生活の場を失うことになるので、退去させるには相応に強い理由が必要となります。

例えば「老朽化したため」という理由だけでは弱く、「まだ使える」と判断されれば立ち退き自体が認められない可能性がありますが、立ち退く入居者の不都合を最小限に抑えるための立ち退き料を十分に提供することは、補完材料として十分であると見なされるのです。

客観的に見てやむを得ないと理解されるような理由としては、以下が挙げられます。

  • 行政による建て直し勧告に応じなければいけない場合
  • 大家が経済的事情から建物を手放さなければいけなくなった場合
  • 耐震構造に問題があるとわかった場合

このようなケースでは、立ち退き料の支払いは必要になったとしても、大家側の差し迫った理由が入居者の不都合を上回り、立ち退きが認められる可能性があります。

特に、昨今注目されている耐震構造問題については、入居者の安全な生活を脅かす可能性があるため、正当事由として認められるものになります。耐震診断士による診断を受け、旧耐震基準で建てられた建物のままでは将来的な災害に耐えられない可能性が高いとされた場合は、十分な正当事由になります。

正当事由が不十分でも十分な額の立ち退き料を提供すれば交渉を進められる

建物が相当年数経って古くなったという理由は、大家にとっては正当な理由であると考えがちですが、実際の判断は大家側の事情入居者側の事情を総合して下されることになります。
例えば築40年の建物の建て替えだけでは正当な事由としては弱いので、その場合は立ち退き料を相当額支払うことによって補完することになるでしょう。

立ち退き料が正当事由の効力を支える要素になることは、借地借家法第28条にも明記されていますが、強制されるものではなく、あくまでも大家がその誠意のもとに入居者に提供すべきものとなっています。

入居者の債務不履行がある場合は立ち退き料の支払いが不要になる可能性も

入居者に債務不履行があり、度重なる注意や催促にも応じなかった場合、大家と入居者の間の信頼関係が破壊されたと見なされ、立ち退き料を支払うことなく立ち退きを求めることができる可能性が出てきます。

具体的には、家賃滞納の繰り返しや、契約時に申告されなかった用途で物件を使用していたような場合がこれに当たります。
家賃滞納については、1回程度では債務不履行として認められることはなく、一定期間に渡る滞納があり催促にも応えず放置したままである場合、信頼関係が破壊されるに至ったと判断できる可能性が出てきます。

立ち退き交渉は弁護士に相談を

大家が立ち退き料を支払うことは義務や強制ではありませんが、正当事由の効果をより高めるための一つの要素になるものです。ですから客観的に見て立ち退きがやむを得ないものであると認められれば、立ち退き料を支払う必要はありません

立ち退き交渉では入居者が非常識な金額を要求してくることもあり、大きなトラブルに発展することが散見されるため、大家としては法に基づき誠実かつ冷静に対応することが求められます。

立ち退きを要請される入居者側としては、住み慣れた場所を追われる精神的プレッシャーに加え、引っ越しに関する大変な手間と費用が心配されるため、話し合いをしても双方の思惑がうまく合致しにくく、困難を伴うことは事実です。
そこをいかに合意に至らしめるかということになるので、立ち退き依頼は慎重かつ冷静に進めなければいけません。また、立ち退き料を払えば良いという考えではなく、実際に転居を余儀なくされる入居者の心情や生活を十分に考慮することが大切です。

ただし、生活や金銭に直接影響する問題は交渉がこじれやすく、訴訟に至るケースも多々あるため、弁護士を介入させ、できるだけ穏やかかつスムーズに解決を目指すことがとても大事です。

「弁護士に依頼すると大事になるから」という理由で弁護士への依頼を躊躇される方が時々いますが、これは大きな誤解です。
弁護士に依頼すると事態が大事になるのではなく、大事にしないために弁護士に依頼するものなのです。

弁護士というと訴訟のイメージが強いため、依頼すると裁判を連想されることがありますが、必ずしも裁判で解決するわけではありません。
特に立ち退き交渉については、できる限り裁判外での話し合いで解決することが、大家側にとって一番メリットがあります。

また、弁護士が直接間に入らない方が解決しやすい状況であれば、法的なアドバイスや書面作成だけにサポートを留めるなどして、極力賃借人と対決姿勢にならないよう配慮も行っています。

法的に隙のない話し合いを進められるよう、まずはお早めに当事務所までご相談ください。