アスベスト使用建物に関して不動産売買時に売主から説明がなかった場合の対応

代表弁護士 佐々木 一夫 (ささき かずお)

天然資源のアスベストは、断熱材や絶縁材など、等幅広い用途に活用されてきました。
しかし約40年前に発がん性の高さが広く認知されるようになり、深刻な健康被害を引き起こす可能性があることから、現在では不動産建築や売買等においてアスベスト不使用や拡散防止対策といった対応が当然に求められています。

宅地建物取引業法でもその説明が義務付けられている、アスベストに関する売主の説明瑕疵責任万が一の賠償請求についてご説明します。

微細な繊維が体内に滞留しがん要因となるアスベストの危険性

アスベストは「石綿」と呼ばれる天然鉱物で、安価でありながら高い耐熱性や耐久性を持つことから「奇跡の鉱物」として幅広く使用されてきました。

しかし、アスベストの微細な繊維は人体に決して良いものではなく、長期に渡り吸入を繰り返すことでがんを引き起こす可能性があることがわかりました。
以降、アスベストは「静かな時限爆弾」として、不動産建築においては絶対に避けるべき資材と考えられるようになったのです。

アスベストの繊維は髪の毛の5000分の1程度と大変細く、空中に飛散したものを吸入してしまうと肺にまで届いてしまいます。一部は痰として排出されるものの、肺に留まったアスベストは悪性腫瘍の原因となります。
肺がんや悪性中皮腫といった深刻な疾病を引き起こす可能性があり、その発がん性は「白石綿<茶石綿<青石綿」の順に高いとされています。

熱や摩擦に強く、非常に丈夫であることから、かつて日本では建築工事において重宝されてきたのですが、健康被害に注目が集まった昭和50年くらいを境に断熱材としての使用が禁止されました。
それ以降もアスベストは吹き付け材やブレーキパッド、防音材や保温材等にも利用されていましたが、現在では製造そのものが禁止されています。

現存する古い建物等にはアスベストが使われていることが考えられ、耐火被覆材や天井材等、建築物を保護するあらゆる材料を疑う必要があります。
アスベストは使用されることそのものよりも、アスベスト利用建材が劣化し空中に繊維が飛散することが警戒されるので、しっかりと固められた断熱材や吹き付け材が使われているのであれば、通常利用においてアスベストの空中飛散は考えにくいとされています。

売主によるアスベスト使用調査は義務付けられていないため買主の任意で行う

国土交通省は2005年に、不動産業界におけるアスベスト問題対応について以下のように推奨しています。

「宅地建物取引業者が分譲、売買、媒介などをした物件に関し、アスベストの使用有無について状況把握に努めること。」

不動産会社は取り扱う建物にアスベストが使用されているか状況確認を進んで行う必要があると言っているのですが、アスベスト使用に関する調査までは義務付けていないのです。

ただし買主としては、せっかく建物を購入し、引っ越して実生活を始めたのは良いものの、暮らすうちに喉や肺に違和感を覚えるようになったとしたら大変不安です。
物件紹介時にも内覧時にもアスベストに関する説明がなく、契約書にも特にアスベストに関する事柄が明記されていなかったとしたら、買主は大きな後悔と損害を被ってしまいます。

ところが、売主が事前にアスベストに関する情報提供を行わなかった点は問題だとしても、肝心のアスベスト調査について不明点がある場合、調査は買主の任意で行わなければいけません。

この場合、まずは施工業者や不動産会社から設計図書を取り寄せ、アスベスト使用の記載がないか確認します。
図面上で確認できないが使用の可能性が疑われる時は、アスベスト調査の専門家に依頼することになります。

調査者は依頼を受けて現場を確認し、アスベストが含まれていると思われる建材をサンプルとして採取後、詳細分析を行います。調査者は分析結果に基づいて書面を作成し提出してきますので、その際にアスベスト使用の現状についてよく話を聴く必要があります。

売主に課せられるのは「アスベスト調査の実施に関する説明責任」のみである

上記のような場合、買主は任意で調査を行わなければいけませんが、地建物取引業法35条に基づく施行規則16条が改正されたことにより、本来であれば売主はアスベスト使用に関して買主に積極的な情報提供を行うことが義務付けられています。

すでに当該建物のアスベスト調査が行われており、その結果が記録されている時は、以下の事柄を重要事項として買主に伝えなければなりません。
これは、不動産売買に限らず賃貸物件でも共通する説明責任です。従来から売主に課せられている重要事項説明の内容は以下を含みます。

  • 土地建物の所在地や面積、構造等
  • 登記記録における登記名義人
  • 石綿使用調査の内容及び耐震診断の内容
  • 土地建物の利用制限に関する事項(居住用、店舗用等)
  • 契約解除や損害賠償の予定に関する事項(契約違反があった場合の違約金や損害賠償に関する取り決め)

2006年に宅地建物取引業法施行規則の一部改正があり、上記のほかに「アスベスト調査記録に関する調査及び説明事項」が追加されました。内容は以下の通りです。

調査の実施機関 アスベスト調査を実際に行った調査会社の名称など
調査の範囲および調査年月日 具体的な調査対象範囲
石綿の使用の有無およびその使用箇所 分析に基づく報告内容

不動産会社と売主が異なる場合、不動産会社は売主に対し、アスベストに関する調査の有無を確認します。
調査の記録がある場合は上記項目について買主に報告しなければなりません。

一方、アスベスト調査をしたことがなく詳細不明である場合、その旨を買主に伝えます。
2006年の法改正で義務付けられたのは、調査について買主に説明すること自体であるため、調査をしたことがない・調査したが不明である、といった場合もその情報を買主に伝えれば十分であることになります。

なお、調査結果からアスベスト使用の有無が容易に確認できるのであれば、調査記録を添付して報告します。調査が建物の一部に対してのみ行われたものであれば、その点もきちんと買主に説明する義務があります。

買主にとって予期しない処分費用等は損害賠償請求の対象になることがある

上記の通り、売主側の義務とは、買主に対し「建物のアスベスト使用状況についてわかっていることを説明する」ことに限られます。

売買契約について民法では、互いの信頼関係を損ねることなく誠実な姿勢で取り組むことを求めています。売主が不動産会社であれば宅建業法により、売主が事業者であれば消費者契約法により説明の義務を負います。

買主からすれば、使用禁止となっているアスベストが使われていないか調査することこそが売主の責任なのではないかと考えるのですが、法律上、「わからない」ことを伝える意味も含めて「説明する」責任を果たせば良いことになっているのです。

ですから売主がアスベスト調査記録を参照し、管理業者や施工業者等の関係者に問い合わせた結果、アスベスト使用が確認できても不明だとしても、その時点で義務を果たしたということになります。
従って、売主側の説明だけではどうしても不十分だと買主が考える場合は、買主の任意でアスベスト調査を実施する必要があります。

問題となるのは、売主側が「アスベストは使われていない」と説明したか、あるいはアスベストについて何ら買主に説明がなかった場合です。
仮に、買主の任意で行われた調査によりアスベスト使用が発覚し、売主側が後からアスベストの存在を認めたような時は、売主に課せられた説明義務に違反したとして、買主はその不法行為に対する損害賠償請求を行うことができます。

また、調査により発見されたアスベスト使用資材や廃棄物、土壌について、法に基づき買主が適切な処分を行わなければいけないため、買主は予期せぬ処分費用について売主側に損害賠償を請求できる可能性も出てきます。

このような事態になれば、大きな不動産トラブルとして、解決まで双方に大変な労力や手間が生じるため、仮にアスベスト使用状況が不明だったとしても、売主は買主に対し事前にできる限りの情報提供を行っておく必要があります。

現状ではアスベスト使用について不明な点があるが、もし劣化したアスベストが発見された場合は、空中への飛散を防ぐために買主負担で封じ込め等の処置を行わなければならず、仮に建物を解体することになったケースも含めて、相応の費用がかかることを説明するべきだと言えます。

訴訟トラブルに発展しやすいアスベスト問題は弁護士への相談を強く勧めます

アスベストが使用されているかどうかは、買主にとっては命に関わる重大な問題であり、資産価値を落とす大きな懸念事項です。
売買契約は双方にとって一方的な利害があってはいけないため、売主には事前の説明責任が課せられているのですが、現在の法律では買主が十分に守られているとは言い難いところがあります。

このような事態を避けるためにも、不動産売買の契約を取り交わす前に、法の専門家である弁護士に契約内容を確認してもらい、万が一アスベスト問題が発生した際には売主に対して瑕疵担保責任を追及できるか等、しっかりと助言を受けることを強くお勧めします。

買主にとっては一生に一度の大きな買い物であり大切な資産ですから、不動産について心配や不安がある場合は、ぜひ当事務所までご相談ください。