入居者に立ち退きを拒否された場合の対処方法

代表弁護士 佐々木 一夫 (ささき かずお)

立ち退き要請に対し入居者がこれを拒否している場合、交渉がこじれ暗礁に乗り上げてしまうことが多々あります。
立ち退き交渉では、大家の正当事由や立ち退き料が十分でなければ、訴訟になっても認めてもらえないため、困難を伴うことが多いのです。

ここでは、入居者に立ち退きを拒否された場合の対処についてご説明していきます。

立ち退き要請理由の正当性は単独では認められにくい

大家側の理由から立ち退き要請を行う場合、入居者に家賃滞納等の債務不履行が長期間継続していない限り、立ち退きが一方的に認められることはありません
裁判所においても、必ず入居者それぞれの事情を汲み、大家側の事情と比較しながら適切な判断を下すのが一般的です。

例えば以下のようなケースが立ち退き理由として多く見られますが、いずれも入居者に退去させるには不十分とされています。

建物の老朽化による立ち退き要請

老朽化による倒壊等が危惧されるため、立て替えや取り壊しを理由として退去を要請する場合、建物の具体的な状態を判断して立ち退きについて判断します。
築30年程度であっても耐用可能とされることが多く、一般的に老朽化は正当事由として認められにくいと言えます。この場合、立ち退き料をもって補完します。

所有物件を売却したい場合の立ち退き要請

公租公課の支払いや多額の借金返済が必要になる等して、大家が所有物件の売却を希望するケースです。
このような場合も、すでに入居者が生活している不動産から一方的に立ち退きを要請しても認められる可能性は低いと言えます。


大家としては正当事由があるから立ち退いて欲しいと考えるのですが、入居者としては生活の場を無くす負担や、思い入れのある場所を手放しがたい気持ちがあるものです。

また店舗や事業所がある場合は、事業をストップさせると生活が立ち行かなくなる可能性も出てきます。
立ち退きを拒否する理由は、入居者それぞれが抱く事情や感情により様々です。だからこそ、大家としては入居者に対し丁寧に距離感を縮めていくことが求められます。

対決姿勢より心を開いたコミュニケーションが大切

互いにそれぞれの主張をぶつけあうだけでは立ち退き交渉は進みません。まずは大家の方から心を開き、個人的に感謝とお願いの気持ちを打ち明けることが大切です。

例えば老朽化を理由に立ち退き要請を行いたい場合、入居者一人ひとりに対し、大家個人から手紙を届けることから始めるのも大変効果的です。
ここまで入居して頂いたことへの感謝を述べ、大家として老朽化した建物への不安と維持の困難があることを打ち明けるのです。

入居者の多大な負担を軽減するためとして、新しい物件の提案や交渉への参加等を積極的に行います。
大家自身が誠心誠意の対応を見せることにより、入居者も歩み寄りを始めることが多く、最終的には入居者自ら新しい生活を目指して前進することもあるのです。

互いの協力体制が存在すれば、立ち退き料としても引っ越し費用の実費に若干上乗せした40万円前後で収まった例もあります。

大家と入居者と言っても人間同士ですから、互いの心情を理解できる余裕を持つことができれば、難しい交渉でも進展の可能性はあると考えられます。

一般住宅と事業所それぞれに適切な立ち退き料を用意する

すでに大家としての正当事由はあるとして、しっかり対処したいのが立ち退き料になってきます。
基本的に、一般住宅では引っ越しにまつわる費用を主として算出し、店舗や事業所の場合は引っ越し費用等に加えて立ち退きによる休業補償等の諸費用が加算されることがほとんどです。

入居者にとって、引っ越しや店舗移転にまつわる費用や労力は、立ち退き要請がなければ発生することのなかった負担になります。
ですから大家としては、入居者の事情に合わせて必要な額を十分に補う必要があります

上記の考え方を基本として、一般住宅では以下の項目が立ち退き料を算出する際の要素になります。

  • 新居契約時の敷金、礼金、前家賃
  • 新居入居時に発生する日割り家賃
  • 新居入居時に加入する火災保険等
  • 家賃が上がる場合はその差額
  • 不動産屋に支払う仲介手数料

店舗や事業所の場合は、移転先でも従来通りの条件で営業継続できたと想定して算出します。
また移転に伴う非営業期間について休業補償や営業補償が必要になる点にも注意します。

  • 新店舗や新事業所との賃貸契約における敷金、礼金、前家賃
  • 新店舗や新事業所入居時に発生する日割り家賃
  • 新店舗や新事業所入居時に加入する火災保険等
  • 家賃が上がる場合はその差額
  • 不動産屋に支払う仲介手数料
  • 営業補償料、休業補償料
  • 広告告知費用
  • 内装工事費用

これらを総合的に考慮して、立ち退き料の算出材料とします。
大家としては立ち退き料のはっきりとした相場を知りたいと思うものですが、法律で明文化されているわけではなく、一律でいくらという目安もありません

各入居者の抱える事情をしっかりと踏まえて、個々に適切な立ち退き料を計算し提示する必要がありますので、よくコミュニケーションを取って状況把握することが非常に大切になってきます。

困難を伴う立ち退き交渉は早期に弁護士へ相談を

入居者の債務不履行が認められない限り、立ち退き依頼は主に大家の一方的な事情によって行われます。
ただし、生活の場や収入源となる営業の場を奪われる入居者としては、非常に切実な問題であることを理解する必要があります。

だからこそ、最初の時点から弁護士に依頼し、過去の判例を材料としながら、立ち退きを求める理由の正当性をできるだけ認めてもらえるよう、また数々のケースを調査しながら適切な立ち退き料の算出ができるように準備することが不可欠なのです。

なお、立ち退き交渉とは、複数の権利者がいる状態でいかにバランス良く権利を調整するかという専門的な交渉になりますので、業務として依頼できるのは弁護士のみとなっています。

当事務所は不動産問題に知見があり、経験豊富な弁護士がしっかりとサポートすることが可能です。
立ち退き交渉に困難を感じたら速やかにご相談頂くことをお勧め致します。